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最高裁判所第二小法廷 昭和39年(あ)1773号 決定 1965年4月21日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人藪下益治の上告趣意第一点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり(本件につき、業務上過失致死の訴因に対し訴因罰条の変更の手続を経ないで重過失致死罪を認定した一審判決を是認した原審の判断は正当である)、同第二点は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。(奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

第一審判決

<本件公訴事実>被告人は金柳製紙株式会社製紙工場の管理班並びに仕上場の責任者として生産工程の管理機械設備の整備補修等の業務を担任する者であるが、昭和三七年六月九日午後三時頃右工場の二階仕上げ場に設置された製品等運搬用のエレベーター整備のためにその構成部分の一部をなす減速機に注油をしようとした際エレベーターの昇降台は捲き上げられたままとなつており、その附近には星川節子等九人位の同室作業員が立ち働いていたのであるから、そのような場合には昇降台を落下させ、又は完全な落下防止措置を講じた上で注油をし事故を未然に防止せねばならぬ業務上の注意義務があるのにこれを怠り、何等の措置を講じないで漫然減速機のメタルカバーを取り外した重大なる過失により、その瞬間前記星川が過つて右昇降台に立入つたところ同時に同台は落下してその台と仕上げ室床端との間に同女を挾んで強圧しその結果胸部内臓破裂、肋骨々折等の重傷を負わせてその場において死亡するに至らしめた。

<一審判決理由摘録>

而して、およそ業務上過失致死と非業務重過失致死とはその犯罪構成要件を異にするが、業務上の過失には業務者に単純な軽過失があるときのほか、重大な過失があるときをも包含することは言を俟たないから業務上の過失致死の訴因事実の過失であつて重大な過失に該当する限り、前者に対する被告人の防禦は当然に後者に対するそれを包含するものということができるのみならず、元来被告人の起訴された所為を軽過失と判定するか重過失と判定するかは該所為を前提とする法律上の価値判断に属するので、訴因の変更又は追加の手続なくして業務上過失致死の公訴事実を非業務重過失致死として認定することは許さるべきものと解すべきである。そこで前示本件業務上過失致死の公訴事実のうち、その業務上の過失は前示のとおりであつてまさに重大な過失に該当するので前に説示したところにより、訴因の変更手続がなくてもこれを非業務重過失致死と認定することによつて、被告人の防禦に特に不利益を与えるものということはできないから、前示業務上過失致死の事実を非業務重過失致死として認定し、被告人に対し、刑法第二一一条後段を適用処断するを相当と認める。

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